夜明け近く白くかすむ川面の向こうに舟を漕ぐ音が響く。
「誰」とたずねると彼は名を告げた。「新羅の國の王子」と。
天日槍あめのひぼこ
【祭具の桙・首部】天日槍は太陽光の化身とも、祭具としての桙の擬人化とも言われている。
天之日矛あめのひぼこ(天日槍)は新羅(しらぎ)の国の王子として生まれた。ある日、天日槍は一人の若者から、新羅国アグ沼のほとりで眠っていた女性が美しい虹のような光をあびて産み落としたという赤い玉を譲り受ける。家に持ち帰り飾っていたところ、その玉は美しい乙女となり、天日槍は、乙女を妻にする。二人は楽しい日々を送るが、やがて乙女に対して不満をいうようになり、乙女は嘆き悲しみ「祖の国へ行きます」と天日槍のもとを去ってしまう。
乙女は日本の難波にたどりつき、比売詐曽(ひめこそ)神社のアカルヒメという祭神になる。一方、天日槍も八種の神宝を携えて日本へ渡ろうとするが、渡りの神に邪魔をされて、多遅摩(たじま) 国(但馬国)に上陸し、出石に住むようになる。
やがて、但馬の俣尾(またお) の娘、前津見(まえつみ)を妻にし、製鉄をはじめ大陸の優れた技術を持って天日槍は但馬に新しい文化をつくりあげていく。(古事記)
天日槍は朝鮮半島から日本に渡来した人々が信仰した神様だと考えられている。出石神社由来記には天日槍が、その当時入江湖であった但馬地方を瀬戸の岩戸を切り開いて耕地にしたと記されている。表現は多少異なるが古事記、日本書紀、播磨風土記にも天日槍とその一族は登場し、伝説と神秘に満ちた古代史を彩っていく。

彼に出会ったのは、大和へ続く道。
両腕に橘の実をいっぱい抱え去っていった。
田道間守たじまもり
田道間守(絵像・中嶋神社)
多遅摩毛理たじまもり(田道間守)は、長年探し求めていた常世国(とこよのくに)の時じくの香(かく)の木の実をとうとう見つけて帰ってきた。田道間守は天日槍の子孫、三宅連(みやけのむらじ)らの祖先で、垂仁天皇の命を受けて、はるかな地に、命を長らえることのできる実、その時節ではなくてもいつでもある香り高い果物(橘)を求める旅に出ていた。
荒海を渡りようやく命がけで橘の実を手に入れて帰ってきたのは十年後。急いで垂仁天皇のもとへいくと、その時すでに天皇はなく、悲しみ嘆いた田道間守は、天皇の陵(墓)に、橘を捧げたまま息絶えてしまった。(古事記)
忠節を尽くした田道間守の墓は、垂仁天皇陵の堀の中に浮かぶ小さな島にひっそりと祀られている。また、田道間守が持ち帰った時じくの香の木の実は、わが国のお菓子のはじまりとされ、お菓子の神様として、田道間守の故郷兵庫県豊岡市中嶋神社に祀られている。